中鶴少年ラグビークラブ
スクールについて
昭和51年福岡県中間市中鶴3区地区内の子供達にサッカーを指導してもらえないかと、相談を受けた 長埜 貞男監督がラグビー経験者であった為、1日にしてボールが楕円形に変わりました。
当時部員は、5、6年生のみで12名余り、ユニホームは学校の体操服、ヘッドキャップ・コンタクトバックもお手製。
グランドは、今と同じ遠賀川河川敷でした。
今でも、当時よりの中鶴ラグビー指導方針沿いラグビーを通じて次世代を担う子供達に健全な育成を行う事を目的に活動しております。
子どもたちの運動能力や自信を育てたい。
中鶴少年ラグビークラブで楽しく、そして真剣にラグビーを学んでみませんか?