「さっき言われたことをすぐに忘れてしまう」「作業しているときに別のことをすると、もともとしていた作業を思い出せなくなる」ということはありませんか?一度に2つ以上のことを処理するのが苦手な人は、もしかするとワーキングメモリーの働きが低いのかもしれません。
ワーキングメモリーは「脳のメモ帳」とも呼ばれ、日常生活で重要な役割を担っています。ワーキングメモリーについて理解を深めることで、その人に合った日常生活や学習方法を見つけることにつながります。
この記事を読むと、次のことが分かります。
ぜひ最後までお読みいただき、参考にしてください。
まずはワーキングメモリーの基本的な考え方を紹介します。
ワーキングメモリーは作業や動作に必要な情報を一時的に記憶し、処理する能力のことを指します。作業記憶・作動記憶とも呼ばれ、単に情報を記憶するだけでなく、情報を利用・操作するのが特徴です。
ワーキングメモリーを活用する例は、次のようなものがあります。
この能力は日常の会話・読み書き・計算など、日常の判断や行動に関わっています。ワーキングメモリーが低いことで、さまざまな困りごとが生じる場合があります。
ワーキングメモリーの役割は、視覚や聴覚などの五感から入ってきた情報を一時的に蓄えて、目的を達成するために情報の整理を行うことです。インプットされている短期記憶・長期記憶の中から、必要な情報を引き出す役割も果たします。
ワーキングメモリーを分かりやすく表現するために、学習机に例えられることがあります。ワーキングメモリーを学習机、情報を本に例え、机の上に本を並べて「この本は必要」「この本はいらない」と取捨選択し、「不要」と判断した本は机から移動します。「必要」と判断した本は本棚に移動し、長期記憶として脳に定着させます。
学習机の大きさは人それぞれで、大きい人は本をたくさん並べられて整理がしやすいですが、小さい人は本を少ししか並べられません。机のサイズが大きくないと、整理するときに苦労しますよね。ワーキングメモリーも同じで、容量が小さい人は情報の整理が追いつかず、生活で困難を感じることがあります。
短期記憶は一定の短い時間だけ、一定の範囲の情報を保存する記憶です。例えば、電話をかけるときに電話番号を見て記憶して入力しますが、しばらくすると番号は忘れてしまいますよね。このような単純な暗記のような記憶が短期記憶です。
一方でワーキングメモリーは、情報を保持しながら同時に処理や操作を行います。単純な暗記ではなく、短期記憶や長期記憶の情報をもとに何かのアクションを起こすことが異なる点です。
先ほどの学習机の例で触れましたが、ワーキングメモリーの容量には個人差があり、一度に扱える情報量は人それぞれです。容量が小さかったり、うまく機能していなかったりする場合、日常生活でさまざまな困難が生じる場合があります。
これは能力や努力の問題ではなく、脳の認知的な特性が原因である可能性が考えられます。

ワーキングメモリーの働きが低いと感じる背景には、さまざまなものが考えられます。
原因や背景に触れる前に、年齢による特徴をいくつか紹介します。
ワーキングメモリーが低いことによる特徴は、年齢やライフステージによって現れ方が異なります。
例えば、以下のようなケースが該当します。
【子どもの場合】
【大人の場合】
子どもは学習、大人は仕事で困難が現れやすいです。情報を保持する容量が小さいため、指示を覚えられなかったり、忘れ物や探し物が多くなったりします。また、情報を整理して理解することが難しいので、興味や関心が薄れて集中力が切れやすく、一度に2つ以上のことを行うマルチタスクが苦手です。
発達障害を持つ子どもの中にはワーキングメモリーの機能が低く、勉強や日常性格に影響が出ている子がいます。
発達障害の特性で困ることと、ワーキングメモリーが低くて困ることは似ている点が多いです。
ADHD(注意欠如・多動症)は不注意・多動性・衝動性がみられる発達障害ですが、その中でも不注意・衝動性はワーキングメモリーの低さが関連していると考えられています。情報の記憶や整理が苦手なため、集中力が続かなかったり、頻繁に忘れ物をしたりするなど、困りごとにつながっている可能性があります。
LD(学習障害)は知的な遅れはないものの、聞く・話す・読む・書く・計算・推論する能力に困難が生じる発達障害です。LDとワーキングメモリーは、次のものと関連があると指摘されています。
| ワーキングメモリー | 学習障害 |
| 視空間スケッチパッド(視覚性ワーキングメモリー) | 算数障害(数の理解や計算が苦手)書字障害(文字を書くのが極端に苦手) |
| 音韻ループ(言語性ワーキングメモリー) | 読字障害(文字を読むことがとても難しい状態) |
視空間スケッチパッドは目で見た場所や形を一時的に覚えておく仕組み、音韻ループは聞いた言葉や音を短い間、頭の中で繰り返して覚える仕組みのことです。それぞれのワーキングメモリーの働きに困難があることで、学習障害の特性が現れると考えられます。
ワーキングメモリーの容量自体は増やせませんが、さまざまな刺激を入れて能力を高めることで働きを改善したり、低下を防いだりすることは期待できます。

ワーキングメモリーを鍛えることも大切ですが、同時に日常生活の困難を減らすための工夫も大切です。今回は4つの症状について対策を紹介します。
ワーキングメモリーの低さから、指示や言われたことをすぐに忘れてしまうことがあります。一度に多くの情報を伝えられると混乱してしまうときには、メモをとる、復唱して記憶に定着させることがおすすめです。子どもの場合は、周囲の大人が指示を1つずつ伝え、子どもが忘れているときには途中で思い出せるような声かけをすることも良いでしょう。
また、言葉だけでなく絵カードや写真などで、視覚的に分かりやすくすることも効果的です。
情報処理が苦手なため必要な情報の判断ができず、周囲の音や動きに反応して気が散りやすいことがあります。カーテンや仕切りなどで刺激を減らしたり、作業の前には片付けをしたりなど、環境を整えることが大切です。また、大きなタスクの場合は「1ページだけ・10分だけやってみる」など、小さなステップに分解することで達成しやすくなります。
情報の保持が苦手なので、物忘れや物をなくすことがよくあります。チェックリストやリマインダーの活用や、すべての物に決まった置き場所を作ることがおすすめです。
子どもの場合は保護者の方がチェックを手伝ってあげたり、忘れ物の確認などを協力してあげたりすることが、対策になります。
学習面の困りごとも顕著で、読み書きや計算が苦手なことがあります。文章を読んでも正しく理解できないときには一度に全て読むのではなく、文・段落単位などのスモールステップで読むことがおすすめです。
ツールを活用することも効果的です。計算が苦手なら電卓を使う、文字を書くのが苦手ならタブレットを併用するなど、個人に合った学習スタイルを取り入れると良いでしょう。
最後に、ワーキングメモリーに関して多くの人が抱く疑問についてお答えします。
一般的には加齢とともに、ワーキングメモリーの機能は低下する傾向があります。度合いには個人差がありますが、食事・運動・睡眠などに気をつけて規則正しい生活を送ったり、趣味や仕事などで定期的に脳に刺激を入れたりすることで、ワーキングメモリーの働きを保つことが可能です。
子どもから大人まで受けられるワーキングメモリーを測定できる知能検査と、子どもを対象にしたワーキングメモリーの詳細を調べられるテストがあります。
【ウェイクスラー式知能検査】
日本で最もよく使用される知能検査のひとつです。検査を受ける人の年齢によって検査の種類が異なりますが、2歳6ヶ月の子どもから90歳11ヶ月の大人まで検査が可能です。検査は臨床心理士などの専門家と1対1で行われ、医療機関やカウンセリングルーム、自治体などで受けられます。検査の年齢区分は次のとおりです。
以下の2つは子どもを対象にした、ワーキングメモリーのテストです。ワーキングメモリー項目が細かく分かれているので、ワーキングメモリーの中でも何が弱いのか、日常生活のどういう場面で苦手さを感じる原因になるのかを調べられます。
【AWMA】
正式名称はAutomated Working Memory Assessmentで、イギリスのピアソン社が販売しています。コンピューター上で行うテストで、ワーキングメモリーの4つの要素をそれぞれ測定する3課題、計12課題のテストに取り組みます。5〜11歳の子どもを対象に児童精神科や研究機関などで実施されています。
【HUCRoW(フクロウ)】
Hiroshima University Computer-based Rating of Working Memoryの頭文字をとった略称で、広島大学大学院人間社会科学研究科の湯澤正通先生が開発した、小中学生向けの検査です。ワーキングメモリーの構成要素(言語的短期記憶・言語性ワーキングメモリ・視空間的短期記憶・視空間性ワーキングメモリ)ごとに2個ずつ、合計8個のゲームで構成され、一般社団法人ワーキングメモリ教育推進協会の公式サイトから申し込んでオンラインで受検できます。
4歳頃~就学前の子どもが受けられる「簡易版HUCRoW」という検査もあり、子どもの年齢に応じた検査を受けられます。
ワーキングメモリーは情報を一時的に保持し、情報をもとに処理する能力です。私たちの生活に深く関わっていますが、容量や働きには個人差があり、ADHDなどの発達障害や睡眠不足・ストレスといった後天的な要因も影響します。
しかし、大切なことは自分の脳の特性を正しく理解し、上手に付き合う方法を見つけることです。ぜひ記事の内容を活かし、子どもや自分に合った対応を探してみてください。